- 10/26 2006
- ノート
2週間ほど前の10月13日の金曜日は母校の小山高専へ。大学へ編入する前、中学卒業と同時に千葉から栃木の小山へ行って、寮に入り、5年間、生活したとこ。
2年振りに駅に着き、街を軽く散歩してみると、街が小さくなったように思う。規模じゃなくて、記憶のなかの各々の要素が。
子供の頃好きだった空間に行くと、あれ?こんなに小さかったっけ?って思うことがよくあって、それって、自分の身体が大きくなったからなんだろうなぁ、って思っていたけど。
違うことに気づいた。 多分、記憶のなかの空間って輪郭がやっぱり曖昧になるから、時が経てばたつほど、その空間は滲んでいって、じわじわと大きく拡がっていくんだろう。だから、実際の空間に行くと、記憶より大分小さいって感じるんだろうなぁって。
何をしにいったかというと
で、本題。何しに行ったかというと。後輩の学生達に、まだ働いて2年半の若造がのうのうと建築について語るっていう理由。
もちろん、建築について語ることなんておこがましくて、あらゆることが足りてなくて、だから、建築に限らず、個人的にしてきたデザイン活動、海外旅行で出会った空間や体験、好きな音楽のこととか、片手間で続けている研究のこととか、最近のパーティの話だとか、なんだかそういうもろもろをごちゃっと並べたテーブルを用意することにした。
ごちゃっと並べたテーブルトーク
パワポとかフラッシュだとかで、一方通行に自分で決めたストーリーを話すのではなくて、単純に画像をビューワでスライドしていく。凝ったプレゼンに時間をかけるのであれば、できるだけたくさんの画像を集めることに時間を裂くことにした。
結果。用意した画像数約500枚をほぼ予定通りの2時間でプロジェクションして喋った。喋る前にいろいろ考えて、喋った間にも考えて、喋った後にも考えて思うこと。僕が彼らに伝えたかったのは、「つくる」ことってほんとうに楽しいってこと、だったのだと思う。
建築はもちろんなんだけど、こうして寝る前の10分で書く僕の日記だって、パーティだってみんなが楽しくなるような空間(献立)をつくっている(選んでいる)わけだし、海外旅行も自分の初めての経験をつくる行為だし、友達へ贈るプレゼントだって、年賀状だって、自分の住む街だって、御香を選ぶことだって、聴く音楽を選ぶことだって、妹が寝てるからたとえイヤホンでしか聴けなくても、僕だけの空間ができあがる。
そんなすべてが楽しいってこと。建築を学んで、建築設計に携わって、そう思っています。
ってことを伝えたかったんだと思う。自分の暮らしそのものが、実は空間をつくる行為だって気づければ、空間デザインってきっとものすごく楽しくなる。
最後に、何よりも僕が楽しみにしていたこと。それは、終わったあとの学生達との飲み。設計の恩師お三方をはじめとして、10人を超える学生、総勢15人ほどの8時頃から3時頃までの酒盛りが、一番嬉しかったし、一番楽しかったし、一番いろいろ考えることができました。
若いから可能性の塊で、そのことを気づいていなんだけどがむしゃらなとこが面白くて、自分で決められるのに、自分で好き好んで将来のことを悩んでいる、学生って、なかなかに人間らしくて楽しいから、いくら歳をとったって付き合っていきたい。
また呼んでください、ぜひ。喜んでお伺いします。
次はきちんと建築論語れるよう、日々精進していきます。
- 新しい: ランドシャフトのギュンター・フォクト
- 古い: パリの一直線に伸びる高架下空間
