- 03/20 2005
- ノート
先週の日曜日。大学時代のひとつ上の先輩の結婚式の二次会へ。会場は青山1丁目青山ツインタワー裏手のCafe246、Book246という旅をテーマにする本屋さんと広いテラス席がついた70年代のモダンデザインのCafeを貸し切りでパーティ!料理も美味しく、映像だったりクイズだったりのイベントも笑えたし、みんな格好良くて可愛くて、とても楽しいパーティ!久しぶりに懐かしい面々とも偶然再会したりして建築業界ってやっぱり狭いなぁって思ったりもしたのです。
楽しかった二次会も終わって、3次会に行こうっていう話しになって、どこがいいかなぁ、と考えていたら思い出した!外苑前駅まで少し歩いて、途中に笑笑とかあったのだけど目もくれず、だってとても格好いい2次会のあとだしね。外苑前駅に着いたら、隈さんの escorter Aoyama があったので、ちょっと寄り道して、ベルコモンズとハーゲンダッツの交差点をキラー通り(外苑西通)をワタリウムとは反対方向へ。少し歩くと思い出したお店SARAが!
もうずぅ?っと前におそらく本で読んだのだと思うのだけど、70?80年代の青山の話のなかにこのお店SARAがあったのを思い出したわけ。3年位前にギャラリー探しで青山3丁目を歩いたことがあって、そのときに場所は知っていたのだけど入ったことは無かったのです。で、3次会。お酒も美味しく、半地下の空間は大きすぎず、小さすぎず、絶妙なスケール、何よりも料理がめちゃくちゃ美味しい!多国籍料理なんだけどいろいろな料理に彩りを添えるソースが抜群!
同潤会青山アパートはみんな知っているけど、原宿セントラルアパートっていうアパートがあってことは今の20代の人にはあまり知られてないんじゃないかなぁ。場所は表参道と明治通の交差点、今のティーズ原宿があるところ。ここは70年代の文化を牽引するクリエーターや文化人がこぞって集まった所で、いわばサロンだったわけ。(建築関係だと東孝光さんの事務所があったんだって)ここで様々な議論や試みが行われて70年から80年に続く都市文化を形成していったっていう話しのなかで、このSARAを知ったのです。米軍の宿舎だったワシントンハイツが返還されて1964年のオリンピックの選手村になって、その後代々木公園として再整備されるのが1971年、代官山ヒルサイドテラスは1969年にオープン。SARAの創業はずばり1970年!日本で始めての24時間レストランとして、当時の原宿、青山文化のジェネレータとしてクリエーターや有名人、外国人に愛されたお店。その後1973年パルコ、77年ベルコモンズ、78年東急ハンズ、ラフォーレ原宿がオープンし80年代へ。109、ビームス、タワレコ、LOFTなどは80年代の産物。ちなみに84年にベルコモンズ向かいのハーゲンダッツ日本1号店がオープンしてます。
そして90年代、バブルの崩壊も相まって一部の人達が都市文化を牽引した時代は終りマスメディア主導の大衆文化へ。2000年代は大型再開発でぬるっとした、小綺麗な空間が大量生産されている。六本木ヒルズはコンパクトシティを理念に掲げているけれど、成功は周囲のごちゃごちゃとした六本木の街に支えられているって思うわけ。汐留や品川が全然ぱっとしないのはまわりにそういった空間の質が足りないからだと思う。つまり、今の東京を考えるうえで70?80年代の渋谷・原宿・青山文化を再考しなきゃいけないなって思ったのです。食糧ビル解体で生まれた新川や芋洗坂のように再開発とは逆ベクトルの場所が生まれている今、そんなようなことをSARAの空間は考えさせてくれました。
ちなみに、SARAでの3次会には主賓の新郎新婦ShinyaさんとIkukoさんが合流。こんなときにしか聞けないことをいろいろとツッコんだりしてとても楽しい時間を過ごしたのです。
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- 青山一丁目のウェディング二次会 - decaf,Tokyo より
